野田聖子議員の提供卵による妊娠と一部マス・メディア報道に関するコメント
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- 平成22年8月25日より報道されている提供卵を用いた野田聖子議員の妊娠は、野田聖子議員本人と、一部マス・メディアにより、国内の法律の不備を訴えるアピールとして報道されているが、この解釈は事実誤認である。
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- 野田議員は日本における「法の不在」を自ら作り出し、自身は渡米して卵子を購入した。これは立法者として持つべき良識から逸脱した行為であるし、野田聖子氏により歪曲された上記のストーリーを検証せずに伝えた一部マス・メディアの姿勢も倫理的に問題がある。
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- 本会は卵子提供に関して、代理出産と同様に身体の搾取や人体の道具化、生まれる子どもに苦悩が生じるなどの危険をもたらす点があることからその実施には慎重になるべきと考えている。
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- 上記見解の詳細について以下に述べる。
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- 野田氏が作り出した法律不在
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卵提供にかかる法整備が成立しなかったのは、野田氏は自らが2003年厚生労働省生殖補助医療部会報告書に基づく法案の提出を阻んできたことによる。(その経緯は『産婦人科の世界』の記事を参照)
同報告書はすみやかな立法を求めていたが、仮に野田氏が法案にさまざまな問題点を認めたのであれば、自らが中心となり実現可能な法案を整え、早期に国会に提出すべきであった。
その政治的責任を果たすこともなく国内の状況を放置し続け、海外で卵子提供を受けた事実は、政治家としての責任感を欠くのみならず、法の不在を「恣意的に」作り出した疑念さえ生じさせる。
国内の動向の無視
野田氏は、一患者として、自らの努力でJISARTの定める要件を満たすことにより、国内で配偶子の提供を受けることも選択できたが、一連の報道はこれらの動きにまったく触れず、一方的に議論の不在、法律の不在、関係者の「無理解」を強調している。
- 日本国内では、学術団体である日本産科婦人科学会とはその方針を異にする状況ながら、生殖医療を行う医師達の自主グループJISART(日本生殖補助医療標準化機構)が2008年7月より、一定の指針に基づいて非配偶者間体外受精を開始した。当該医師らは、先の法案の成立まで待つよう、希望者に伝えていた。しかし上述のように、法案は野田氏によって阻止され数年を経ても立法に至らぬため、同グループは「見切り発車」のように実施し始めている。
長期に渡り積み上げられ、既に存在する議論を敢えて無視する野田氏の姿勢は、国内の議論や状況を軽んじており、立法者として正当化できる判断とは考えられず、議員としての良識を欠いたものである。
1.養子縁組に対する印象操作
一部の報道では、野田氏が養子縁組を選択しなかった理由として野田氏本人の言葉を引用しながら、あたかも養子縁組制度やそれに基づく団体が野田氏を門前払いしたかのような、あるいは「厳しい条件をつきつける頭の固い団体」のような印象操作がなされている。
しかし養子縁組の際に提示される条件は、子どもの福祉を第一に据えた結果として定められたものであるし、そもそもこれらは親の保護を失った子のために整備された制度であり、子の欲しい親の欲求を満たす制度ではない。
実親の保護を失った子どもを迎える場合には、特別養子縁組、普通養子縁組のほか、里親、季節里親、週末里親などの制度もある。これらの選択肢に触れることなく「養子縁組」とひとくくりにし、野田氏の言い分のみを取り上げる報道は、事実を公平に伝えているとはいえない。
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- 上記の事実を確認せず、または敢えて無視した上で、公人である野田氏による、事実を歪曲化させた発言をアナウンスした一部マス・メディアの姿勢は、メディアが本来果たすべき責任を放棄したものである。
- 卵子売買として
報道によると野田議員は、米国の卵提供エージェンシーに数百万円を「支払った」という。 「善意の提供」と繰り返し述べるが、その実態は卵子の「売買」であり、人身売買としての倫理的問題を孕んでいる。
卵子提供は、排卵誘発剤の副作用による健康被害や、提供者が不妊になる可能性があり、身体的なリスクも少なくないうえ、米国での卵提供は、裕福な高齢者が、若年者の社会的な弱さにつけ込み、身体を不当に利用する側面をも持つ。たとえば、卵子提供・代理母出産情報センターの鷲見侑紀氏が、同センターが扱う提供者のほとんどが日本人留学生であると述べていたように、米国の卵子提供者は学生であることが多く、その産業構造は経済的に弱い若年女性の存在のもとに成り立っている。
またそれらは、長くAIDを実施してきた慶応義塾大学において、学生が自らの生殖のあり方や将来の家族形成に関して十分に認識しないまま、教員に促され精子を提供することになった事実が示唆するのと同じく、学生たちが自らが生殖に関わる事の重みについて十分に認識していない未熟さに人々が便乗し、提供者の将来への配慮を欠いた形で実施されている可能性もある。
上述の課題に加えて、2008年にインドで日本人男性医師が代理出産を依頼した事例にも象徴されるように、「生殖ツーリズム」が海外の貧困層の身体を搾取する行為として世界的に問題視されつつある現状では、卵子提供のあり方も国際的な枠組みで深慮せねばならず、その実施には慎重になる必要がある。
- 生まれた子どもの抱える負担
近年、精子・卵子提供による生殖が、生まれてくる子へ大きな心理的負荷(アイデンティティの危機、遺伝的特質を遡れない事実への苦しみ)をもたらすことが次第に明らかになっている。日本でもAIDで生まれた人たちの自助グループや、彼らが中心となる「第三者の関わる生殖技術について考える会」が発足しており、カップル以外の第三者が生殖に関与することの問題性、子どもの心理的・法的課題について真摯に考えねばならない。
- 高齢女性の負担
今回の事例では、ほぼ閉経期にある野田議員にホルモン剤を使用して生殖技術が進められていることが推察される。50代の実母が娘のために代理出産をした事例の問題とも関連するが、自然には分泌されない女性ホルモンを人工的に大量に投与することによる、女性の側の身体的負担は非常に大きい。
このような方法を用いた妊娠・出産を無批判に肯定・賞賛することは、同様の立場、年齢にある女性に、高リスクの妊娠・出産を期待したり強要する社会的風潮を生み出しかねず、この点についても熟慮が必要であろう。
以上
2010年10月1日
代理出産を問い直す会