声明文(2020年12月20日)

「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」についての声明

去る2020年12月7日第203回臨時国会にて「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立した。

当会は、法案の審議前から要望書(PDFのリンク)を作成、国会関係者に送付してきた。当会以外にも、当事者団体や女性団体、障害者団体など、諸団体が法案に対する懸念や法文上の問題点を示し、人の命に関わる本法案に関する、十分な議論とそれを反映させた法文改善を要求してきた。しかしながら、それら国民から寄せられた懸念は顧みられることなく、本法案は参議院法務委員会で2時間20分、衆議院法務委員会で2時間30分と、極めて短時間の審議を経たのちに成立した。

このように国民の声を無視して強行された、非民主的な立法過程に関して、国会関係者は猛省すべきである。そして本法律によって今後本邦にもたらされる社会問題に対し、当会は強い憂慮の念を抱いている。以下、本法律が持つ問題と、本法律による不備がもたらすであろう将来的な問題について説明する。

本法律が持つ問題

  • この法律により、一般社会では、卵子提供が本邦でも法的・社会的に容認されたものとみなされかねない。
  • 第三者の卵子を用いた生殖技術(卵子提供による妊娠および代理出産)における卵子提供者・懐胎者・生まれてくる児の被る医学的リスクは、本法律の提出、成立に至る中で、まったくといっていいほど検証・審議されていない。
  • 現状の生殖補助医療は、女性身体の商業的搾取という構造的問題点を孕んでいる。そのような中、なんら規制もないまま本法律により親子関係を先に保障すれば、卵子提供の商業化が進む。
  • 本法案は2年を目処に代理出産の合法化も視野に入れている。代理出産が合法化されれば、上記の問題は更に深刻化し、健康被害を含め、女性身体の搾取・収奪は深刻化する。
  • 当事者に関する心理的援助は現実性を欠き、誰が当事者なのかさえ明確ではない。

本法律の不備がもたらす問題

  1.  卵子提供と提供卵子による妊娠がもたらす健康被害について

    • 卵子提供者(卵子ドナー)の健康被害
      卵子提供では、一般的な不妊治療とは異なり、ドナーに対して大量のホルモン剤が投与される。商業的な卵子斡旋が盛んな米国では、卵子ドナーとなったことで、若い女性が後遺障害に苦しんだり、自身が不妊になったりしている。他国では死亡例も存在し、さらに長期的な副作用としての発がん性の疑いも指摘されている。
    • 母体の健康被害と生まれる児への影響
      提供された卵子(ドナー卵子)で妊娠出産する女性は、自己卵子で妊娠する場合と比較して、より重大な医学的リスクに晒されることが、医学論文により確認され、本邦でも報告されている。具体的には重い妊娠高血圧症候群、癒着胎盤、分娩後の大量出血、それらに伴う子宮摘出などである。これらは母体だけでなく児にも大きなリスクがある。
    • 当事者が被る負担
      卵子ドナーや、提供卵子で妊娠する女性に、十分な説明と同意のもとで、慎重な医療的プロセスが取られるとしても、女性たちは事前の薬物投与を含めて長期の監視のもとに置かれることとなり、その心身への負担は極めて大きい。またいくら慎重な医学的管理を行っても、排卵誘発剤使用による血栓症や、分娩時の突発事象は完全には防ぎ得ず、これらの健康被害は取り返しがつかない。

2.生殖技術における女性の身体の商業化・女性の収奪について

    • 親子関係の保障による商業化の促進
      米国・カリフォルニア州では生殖技術に関する、種々の規制法の成立を待たず、判例により、子を持つ意思のある依頼者が親となることが保障された。その結果、依頼者は、安心して卵子提供や代理出産を実施できるようになり、米国は世界一の生殖ビジネス市場となった。日本も同様の事態が想定される。
    • 日本経済の低下に伴うグローバルな女性の収奪
      これまで国内で実質的に卵子提供が禁止されている状態であっても、日本の若い女性が、インターネット広告の募集に応じ、米国やタイに渡航して卵子を提供(売買)してきた。日本経済が低迷し、日本人の隠れた貧困が深刻化している状況において、今後、日本国内の女性が、グローバルな生殖技術市場で、卵子や代理母の供給源としてターゲットになることは明白である。本法律は、近い将来さらに増加するとみられる、経済力に乏しい女性たちを、これまで以上に卵子提供や代理出産の圧力に晒すことになる。
    • 無償の卵子提供による収奪の拡大
      日本は女性の社会的地位が低く(ジェンダー・ギャップ指数では世界121位)、いまだ家制度の発想が残る。本法律により、望まぬ卵子提供や代理出産など、若い女性が家族・親族から圧力を受け、身体を提供せざるを得なくなる事態が生じる危険がある。

3. 潜在的な依頼者による利用の増大

    • 独身男性・高齢独身女性による需要
      日本では、卵子を購入したり、代理母を利用するのは、ヘテロセクシュアルの男女の不妊カップルだけかのように議論されているが、現実には、極めて多様な人々がそれらを利用している。2008年に国際問題となり、インドの法律改正にも影響を与えた「マンジ事件」では、日本人の男性が、ネパール人女性の提供卵子を用いてインド人代理母に児を産ませている。2014年にインターポールの調査対象となったタイの「赤ちゃん工場事件」でも、日本人の独身男性が、提供卵子とタイ人代理母を利用して15人を超える児をもうけている。さらに日本人の独身高齢女性が、米国で卵子、精子を購入し、代理母によって児を得た事例も報告されている。
      これら無制限の商業的生殖ツーリズム、人体搾取は国際的にも批判され、2010年代にはアジア諸国が規制を進めることとなった。しかし我が国の政府は、上記のような実態を顧みない浅薄な認識のもと、何らの規制もない“容認法“を成立させた。国として無責任と言わざるを得ない。
    • 男性カップルによる需要
      同性婚の合法化された地域では、兄弟のため姉や妹が卵子提供者や代理母になる例が続出している。今後、日本でも同性婚が合法化されれば、卵子や代理母の需要は確実に増加する。すでに日本国内にも、姉妹から卵子を得て、パートナーとの間で子を得た男性カップルが存在する。歯止めとなる法律を欠いたまま、同性婚が合法化されれば、親族による卵子の需要は急激に高まり、女性たちが圧力に晒される。

4. 当事者に対する心理社会的援助の欠如

    • 相談を提供する必要性
      法案第3条2項には、「必要かつ適切な説明」と「各当事者の十分な理解」が求められている。しかしこれは、いわゆる「インフォームド・コンセント」のルールを確認するものであり、一般の医療行為の要件を超えるものではない。生殖補助医療を利用する際には、単なる「説明」では足りず、傾聴と対話を旨とした心理専門職の技能をもとに、必要な社会的援助へとつなげる「相談」を提供する義務を医療機関に課すべきである。
    • 相談体制の整備を「絵に描いた餅」にする法案
      第7条には国による「相談体制の整備」がうたわれている。しかし不妊の悩みは身体のみならず、心理的、社会的な側面が相互に関係しあう複合的なものである。このため、技術的解決を推進する〈医療〉とは別の立場に立ち、不妊に悩む人々の苦しみそのものを正面から受け止める援助者(公認心理士、社会福祉士等)が求められるべきである。〈医療〉〈治療〉に囚われない相談を提供し、公的資金によって運営すべきである。生殖補助医療という〈技術的解決〉を前面に押し出したこの法律は、結果的に、不妊治療クリニックの利権を拡大し、不妊治療で悩む人を増大させ、その悩みを深刻化させることが懸念される。

以上