代理母出産・借り腹、代理出産、代理懐胎の表記について

2018年初頭の丸岡いずみ氏に関する報道、また本人の手記では、他者の卵子を用いた受精卵で女性を着床・妊娠させ、生まれた子を得る《契約妊娠》を「代理母出産」と表記しています。現時点(2018年1月28日)でのマス・メディアの表記には、丸岡いずみ氏の表現にならい「代理母出産」とするメディアもあれば、「代理出産」とするメディアもあるなど、表記にブレがあります。

「代理出産」とは

日本では、アメリカで1976年に発明された、生まれた子を引き渡すことを前提に妊娠・出産を行う《契約妊娠》を「代理出産」と表記しています。これは英語”surrogacy”の日本語訳であり、学術専門家により、長らく用いられている表現です。この表記は日本で初めて開設された代理出産斡旋業「代理出産情報センター」(鷲見ゆき代表)や、1 自ら経営するクリニックで姉妹、母娘間で代理出産を実施した根津八紘医師による表記、衆議院議員野田聖子氏など、このような《契約妊娠》に対する立場の別を問わず、広く共通して用いられているものです。2

「代理出産」という表記の混乱

一方、大衆向けの雑誌記事では、人工授精を用い、遺伝的にも代理母の子である新生児を引き渡す代理出産を「代理出産」と呼ぶ一方、代理母以外の卵子(依頼者の卵や第三者からの提供卵)を体外受精させた受精卵の移植による代理出産を「代理母出産」と表記する例が見られます。しかし、この表現に対応する英語表記は存在していません。おそらく「代理母」(surrogate motherの訳)と、体外受精を用いる「ホスト型代理出産」(host surrogacyの訳)とを混在させた用語と考えられます。

「代理母出産」の大衆向けのマス・メディアにおける初出は、上述の斡旋業者、鷲見ゆき氏が自らの斡旋業の名称を「代理母出産情報センター」に変え、体外受精を伴う「代理母出産」と人工授精を用いる「代理出産」を区別して論じた事に端を発しています。3 この時期から、大衆向けのマス・メディアを中心に、「代理母出産」と「代理出産」を区別する表記が現れますが、その区別は必ずしも厳格ではなく、ときには反対の意味で(すなわち人工授精による代理出産を「代理母出産」、体外受精による代理出産を「代理出産」として)用いられることもありました。4 

このように「代理母出産」は、日本国内で曖昧な理解のまま流通する表記でありることから、現在ではこの問題に詳しい専門家の間では、用いられることはありません。一方、近年では娯楽向けのコンテンツの中で、国際的な用語はもちろん日本国内の専門用語も無視した形で「代理母出産」の表記が用いられています。しかし上述したように、この表記は正確性に欠けると共に、主に商業的代理出産の斡旋業者が利用する言葉であることから、客観的な議論を困難にする危険もはらんでいます。それゆえ本会では、この問題を公に論じる文脈では、「代理母出産」の表記を採用すべきではないと考えています。

「借り腹」という表現

また、体外受精を用いた契約妊娠(上記の区別に従えば『代理母出産』)に対しては、長らく「借り腹」という表記が用いられてきました。これは体外受精を用いた代理出産が、学術的には「宿主」を意味する”host”の用語を用いた「ホスト型代理出産」「ホストマザー型」と表記されていたことに由来する表記と考えられます。この表記は、大衆向けのメディアや専門家、行政の別を問わず、広く使用されていました。たとえば日本弁護士連合会は2000年の提言 で、また2003年の厚生労働省生殖補助医療部会の報告書でも、「借り腹」という表記が用いられています。6

「人工授精型代理出産」と「体外受精型代理出産」

研究者や専門家を中心に、米国で流通する用語の直訳として「伝統的代理出産」「従来型代理出産」や「ホスト型代理出産」「IVFサロガシー」など様々な表記が用いられる中、2009年に国際ジャーナリストの大野和基氏が「人工授精型代理出産」「体外受精型代理出産」の表記を産み出しました。7 この表記は「伝統的」「ホスト型」といった従来の表現がもたらす語弊を含まない、明確な表現であることから、それ以降、とりわけ人文系の学術的議論では、この用語が利用されるようになっています。

本会および本サイトでは、この方法がこれまで、さまざまな医療者や研究者はもとより、依頼者や代理母本人により「代理出産」の言葉で表記されてきた事実と、大野氏の発案を受けて代理出産の形態を明確に区別する用語が表れ、表記上の誤用の生じる懸念が消えたことを考慮し、用いられる技術の別を問わず、「生まれた子を引き渡す目的で行われる契約妊娠」を、従来通り「代理出産」と呼んでいます。

「代理懐胎」について

なお2000年代になると米国では、代理母と子が遺伝的に繋がっている人工授精型代理出産(”traditional surrogacy”)と、代理母が子と遺伝的に繋がらない体外授精型代理出産を区別するため、”gestational surrogacy”の用語が用いられるようになりました。8 それに伴い日本国内では、本用語の日本語訳として、しばしば「代理懐胎」の表記があてられ、これが現在まで、医療者を始め自然科学の領域を中心に、日本の学術的な議論でしばしば用いられています。

しかし一方で、2003年の厚労省部会報告の36頁「「代理懐胎(代理母・借り腹)は禁止する」の項 に見られるように日本の専門家団体や行政の間では「代理懐胎」を「人工授精型代理出産」(代理母)と「体外授精型代理出産」(借り腹)の両方を含めた”surrogacy”の訳として用いています。そのため日本国内では「代理懐胎」が、その英語訳である”gestational surrogacy”なのか、または英語の”surrogacy”にあたる意味なのかは、各自が文脈により判断しているのが現状です。このような状況も考慮し、本会および本サイトでは、語弊の生じる可能性の高い「代理懐胎」の表記もまた、その使用を控えております。

 


1.この日本初の代理出産斡旋業は、アメリカ人弁護士ノエル・キーンによる代理出産斡旋会社ICNY の東京事務所として開設されたものです。ノエル・キーンによる代理出産の発明についてはこのページを参照。
2.代理出産(surrogacy)に対する上記の定義(生まれた子を~契約妊娠)は、本会が定めたものではなく、これまで代理出産を論じる際に、英語圏の議論で長らく用いられてきた概念です。
3.初出は、雑誌『女性自身』1995年9月12日発行号の226-229頁。
4.たとえば『女性自身』、2002年3月12日発行、30頁。
5.日本弁護士連合会 生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言(2000年)リンク
6.厚生科学審議会生殖補助医療部会「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(2003年)リンク
7.大野和基、2009、『代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳』、集英社新書。
8.Charles P., Kindregan, Jr. and Maureen McBrien. (2006) Assisted Reproductive Technology: A Lawyer’s Guide to Emerging Law and Science. Chicago: American Bar Association.
9.テキストはこちら