代理出産とは2

米国における発明

現在、私たちが一般的に「代理出産」と呼ぶ方法は、1976 年に米国ミシガン州の弁護士ノエル・キーン(Noel Keane)により発明された。キーンは、カリフォルニアの独身男性が、人工授精を用いて自分の子を妊娠し、産まれたら引き渡してくれる女性を探す広告を新聞に掲載した出来事にヒントを得て、同様の方法を「代理出産」という名で売り出した。

当初は批判も多かったこの方法に、現在のように肯定的な認識を与える大きな契機をもたらしたのは、全米初の代理母として知られるエリザベス・ケインを中心としたキャンペーンである。ケインは妊娠中、彼女による代理出産を担当した産婦人科医らの手配により、米国内で数々の著名なメデ ィアに出演し、代理母の必要性と価値を謳った。実際のところ彼女は出産後にその経験を後悔し、自らベビーM事件(後述)に伴う代理出産反対運動に身を投じるが、米国では、彼女らの活 動を通じて、代理出産に対する肯定的な考え方が普及することになった。

ケインのキャンペーンを始め、80 年代前半の代理出産推進運動で盛んに論じられたのは、それをボランティアと位置づけ、女性同士の助けあいとみなす発想である。もともとこの解釈は、上述した代理出産の発明者、ノエル・キーンによって作り出されたものである。キーンは代理出産を人身売買として批判されない よう、無償のボランティア女性による「人助け」に位置づけた。そして無報酬ながら代理母となる女性を集めるための宣伝文句として「利他的(Altruistic)」の言葉を利用した。ただし本当の無報酬では女性たちが集まらず、のちに代理母への報酬が支払われる形へと変化することとなり、結果的 に代理母の報酬を不当に低額なものに抑える原因を作ることとなった。

エリザベス・ケインを斡旋した産婦人科医は、マス・メディアを通じて代理出産を「科学の恩恵」と位置づけた。初期の代理出産で使われた技術は、200 年以上前に実用化された「人工授精」という「手技」だったが、それがあたかも最先端の科学知により編み出された新技術であるかのように位置づけられた。特別な技術としての認識は、値段にも反映されている。1980年代、通常の不妊治療では325ドルしかかからなかった人工授精が、代理出産の契約のもとでは1500 ドルで実施されていた。

ブームの減退

このような代理出産は、米国初の代理出産による親権裁判となった「ベビーM 事件」により、広く非難されることとなった。ベビーM 事件とは、1986年にニュージャージー州の代理母が、自ら産んだ子の引き渡しを拒否し、依頼者によって訴えられた出来事である。

この裁判を通じ、代理出産契 約を問題視する研究者や女性団体はもちろん、過去に代理出産を実施した代理母当事者や宗教団体、さらに政治的保守派も巻き込み、代理出産の反対運動が高まることとなった。その結果、判決では代理出産契約じたいが無効とされ、代理母が実の母親として認められた。またこの当時盛んになった反対運動により、いくつかの州や地域で、代理出産が禁止または契約じたいが無効とされた。現在も米国では、反対運動の盛んであったミシガン州やワシントン D.C.など、代理出産が厳格に取り締まられている州や地域があり、それはこの当時の運動の成果によるものである。そしてこの時期から、米国内でも代理出産の流行はしだいに減退していく。

代理出産の復活とアウトソーシング化

しかし代理出産は、1990 年のジョンソン対カルヴァート事件(Johnson vs. Calvert)」判決の影響を経て、再び人気を回復する。この事件は、代理母のジョンソンが、依頼者であるカルヴァート夫妻の遺伝的な子を、体外受精を経て妊娠・出産し、生まれた子の引き渡しを拒んだものである。判決では代理母を実の母親とみなしたベビーM 事件と異なり、子の母親は妊娠・出産したジョンソンではなく、使われた卵子の持ち主であり、依頼者として子を持つ意思のあったカルヴァート夫人にあるとした。この判決をきっかけに、代理母による親権裁判を恐れて下火になっていた代理出産は、人工授精の代わりに体外受精を用いる形で、急速に普及することになる。その結果、現在まで にカリフォルニア州をはじめ、代理出産を合法的に実施できる州で、世界中の富裕層向けに大きな代理出産市場が作り出されている。

米国における代理出産産業の拡大は、非富裕層向けの市場として、アメリカ以外の発展途上国で「生殖アウトソーシング」と呼ばれる代理出産をも生みだすようになった。 アウトソーシング先として、かつてはインドやタイが有名であった。2016 年現在、両国とも外国人による代理出産を禁じているが、新たな委託先の開拓は常に行われており、ある国で有償の代理 出産が禁止されても、すぐに拠点を移し別の国で同じビジネスが繰り返される。隣接するメキシコ* や医療費の安いカナダはもちろん、近年では、カンボジアやジョージア共和国などが新たなアウトソーシング先として注目を浴びている。

*メキシコでは 2015 年に可決された法案により、2016 年 1 月 14 日より外国人による依頼が禁止された。

参考文献

  • 柳原良江,2017,「フェミニズムの権利論」,田上孝一(編),『権利の哲学入門』,社会評論社.(なお、本記事に載せられた個別の情報に関する出典も、この論考の中に参考文献として記載されています)。