アナウンサー丸岡いずみ氏によるロシア国内の代理出産依頼に関する、一部マス・メディア報道に対するコメント
去る2018年1月23日に、マス・メディアにおいてアナウンサーの丸岡いずみ氏と夫の有村昆氏が、ロシア国内で商業的代理出産を依頼し、代理母が男児を出産したことが報じられた。
この代理出産依頼は、丸岡いずみ氏らによる個人的な行為であり、それ自体は本会の関与するところではない。しかしながら本件を扱う報道の一部は、丸岡氏の代理出産依頼を、あたかも「美談」あるいは「望ましい行為」であるかのように伝えており、本行為が社会的な議論の的となっている現状を考えると、配慮に欠いた報道のあり方には、懸念を抱かざるを得ない。以下にその具体的な背景を説明し、主にTV番組『ミヤネ屋』を例に、こうした報道がもたらす問題を指摘する。
商業的代理出産に対する議論
丸岡いずみ氏らの実施した、「生殖アウトソーシング」と呼ばれる「商業的代理出産」は、実施場所であるロシア国内でも批判の声があがっており、昨年末には禁止法案が提出されている。(リンク:ロシアの状況)またロシアに関わらず、他国の女性を利用する「生殖アウトソーシング」とよばれる方法は、女性への「暴力」「人権侵害」として国際的に問題視されている。研究者はもちろん、女性団体や市民団体を中心に、代理出産の世界的な禁止を求める国際的キャンペーンが実施されており、1 近年では国連もこの問題を取り上げている。2
日本国内では、「生殖アウトソーシング」の形式はもちろん、「代理出産」という方法自体が、社会的側面はもちろん、医学的にも危険を伴うことから、医療者や法曹を中心に長らく問題視されてきた。2008年には学術専門家たちが、代理出産を原則的に禁止すべきとの報告書を提出している。3
代理出産への誤解
このような現実があるにも関わらず、公益性を重視すべき大手マス・メディアが、本行為が惹起する深刻な問題に触れず、あたかも「美談」であるかのように論じれば、日本国内の視聴者に、代理出産に対する誤解を与えかねない。
とりわけ実際に不妊治療で悩む女性にとって、その誤解は深刻である。代理出産は、不妊女性の「治療」ではなく、代理母と依頼者の結ぶ「契約」である。(リンク:代理出産の歴史)しかしマス・メディアが、代理出産を不妊治療の延長として論じる報道を続ければ、不妊で苦しむ女性に、代理出産を最終的な「医学的治療」と位置づける、誤ったメッセージを伝えることになる。
『ミヤネ屋』報道内容における問題
上述の問題意識に照らしあわせると、2018年1月23日放送の情報番組『ミヤネ屋』は、生殖アウトソーシングによる人権侵害や、ロシア国内でそれを禁止する法案が提出された事実、また近年、アウトソーシング先となった国々が挙って禁止法を制定しつつある世界的な動きを、明らかに軽んじたものであった。それらは放送倫理・番組向上機構(BPO)が定める、「日本民間放送連盟 放送基準」の第1章(人権)、第2章(法と政治)、第6章(報道の責任)、第6章(報道の責任)、第7章(宗教)、第8章(表現上の配慮)に抵触するか、或いはそこで謳われる倫理観への配慮に著しく欠けるものである。4
上記『ミヤネ屋』放送分では、代理出産が孕む上記の問題を論じないだけでなく、視聴者が想起するであろう批判的意見を、巧みに隠蔽する演出が取られていた。そこでは、子が生まれた直後に、現地との生中継の形で、感動を伝える舞台を用意した上で、代理出産の成功に喜ぶ依頼者の姿や、渡航生殖に至る依頼者側の都合ばかりを伝え、依頼者の歓喜を強調する内容となっていた。
さらに『ミヤネ屋』では、日本の法律に関し明らかな誤報が含まれている。5 また代理出産という方法への理解が不十分なうえ、海外の法律に関しても、曖昧な表記で誤解を招きかねない表現もあり、事実確認が十分に行われていない。6
本会は、上記放送のように、代理出産がもたらす人権問題や国際的な視点、または宗教団体の公式見解を考慮しないばかりか、生まれた人の存在を利用する、政治的に恣意性の高い報道を、公共性の求められる地上放送が実施した事実、さらにそれらを法律に関する誤まった理解のもとに伝えた事実を強く批判する。そして、丸岡いずみ氏の事例に限らず、世界の様々な場所で実施されている「生殖アウトソーシング」に対し、今後も同様の報道が繰り返されることに、深い憂慮の念を示している。
以上
2018年3月20日
代理出産を問い直す会
注1:たとえば、2015年に始まったキャンペーン「STOP SURROGACY NOW」(英文。日本語ページあり)では代理出産の禁止を求めて国際的な人権運動が展開されている。本キャンペーンには、様々な国々の研究者やNPO団体はもとより、代理母経験者や生まれた人も参加している。
注2:国連における報告内容の映像はこのリンクから閲覧可能である。
注3:無償の場合を含め、代理出産のもたらす社会的・科学的問題については日本学術会議報告書に詳細が示されている。とりわけ医学的側面については、代理出産に限らず、第三者の卵子を用いた妊娠が引き起こす問題が指摘されている。(日本では、このようなニュースが報じられている。また研究結果を参照した数字はこちらのニュースに記載。妊娠する女性の年齢によらず、医学的リスクは上昇する。)
注4:各章に関する具体的な論点は以下の通りである。
「第1章 人権」第4項「人身売買および売春・買春は肯定的に取り扱わない。」
代理出産は、一部の地域で合法化されている米国でも、人身売買および売春として根強い批判が存在する上、ロシア国内では、国会議員が「売春」と同列の行為として批判し禁止法を提出している。当事国で「人身売買」あるいは「売春まがい」と論じられる行為を、一方的に美談として伝える報道は、著しく見識に欠けるものである。
「第2章 法と政治」第8項「国の機関が審理している問題については慎重に取り扱い、係争中の問題はその審理を妨げないように注意する。」
自民党は党内にPTを設けて生殖技術の法制化を検討しており、当該番組でもその法案に関する言及があった。しかし2014年にPTが提示した法案は、一部の無償代理出産は容認するも、対価の生じる代理出産は刑罰をもって処する内容である。この法案は自民党内でも異論があり集約には至らず、2016年に自民党部会が了承したのは法案そのものではなく、付随する「民法の特例法案」であり、これは代理出産の容認とは無関係の内容である(たとえばこのリンク先を参照)。
それにもかかわらず、ミヤネ屋は、あたかも当該法案が通れば(あるいは将来的には)、今回丸岡氏の実施した「商業的代理出産」も日本で合法化されるかのように表現している。視聴者のミスリードを誘う、軽薄なコメントである。
「第6章 報道の責任」第34項「取材・編集にあたっては、一方に偏るなど、視聴者に誤解を与えないように注意する。」
上記で説明したように、本件は世界的な社会問題に対し、明らかに、その方法による利益供与者(依頼者や斡旋業者)の一方的な見解しか示しておらず、視聴者に誤解を与える。
「第7章 宗教」第41項「宗教を取り上げる際は、客観的事実を無視したり、科学を否定する内容にならないよう留意する。」
本事例で、丸岡いずみ氏は、代理母がクリスチャンである事により、その宗教的意義から代理出産を引き受けたかのように説明していた。しかしロシアのクリスチャンの96%以上が所属するロシア正教会は、かねてから代理出産を極めて強い言葉で批判し、政府に禁止を求めている。番組では、丸岡いずみ氏の客観的な根拠に欠ける説明を、何ら精査せずに論じている。
「第8章 表現上の配慮」第47項「社会・公共の問題で意見が対立しているものについては、できるだけ多くの角度から論じなければならない。」
世界的な批判はもとより、日本国内で長らく議論が続く「代理出産」という方法の置かれた状況を考えると、本番組は明らかに一面的な意見しか伝えていない。
同章第9項「国際親善を害するおそれのある問題は、その取り扱いに注意する」との関連
ロシア国内で批判が高まり、禁止法案が提出されている最中に、ロシアの世論を無視する形での本報道内容は、ロシアの世論を無視した身勝手なものとなりかねない。かつて日本人男性がインドで代理出産を実施し国際問題へと発展した事例(マンジ事件)や、タイで大量に代理出産を実施した男性がインターポールの捜査を受けた事例(「赤ちゃん工場」事件)を考慮すると、国際的な批判を引き起こしかねない本事例は、より慎重に扱うべきであった。
注5:ミヤネ屋による日本の法律に関する報道内容は、次の点で事実と異なる。
- 宮根氏は「出産した女性が母親であるという日本の法律があって、2015年、民法の特例法案が自民党の部会で了承したんですが、いま先送りされているというところで」と述べ、その後に「まあ、将来的には了承されると思いますが」と述べる。しかし日本には「出産した女性が母親」という法律は存在していない。
- 2014年に自民党PTが提示した当初の法律案は、一部の無償代理出産を容認する内容を含んでいたが、そこで容認されるのは原則、先天的・後天的に子宮のない女性などの場合であり、丸岡氏のようなケースは該当しない可能性が高いものであった。
- 2015年ではなく2016年に最終了承されたのはPTの作成した法案そのものではなく、あくまで親子関係を規定するための「民法の特例法案」であり、その内容は卵子提供や代理出産においては「産んだ女性が母」とするものである。従って本法案が成立しても、それは丸岡氏らの事例を直接に支持するものではない。
注6:BPOに明文化された基準とは別に、報道の正確性という見地から、ミヤネ屋で用いられた資料には以下の問題が存在する。
- 本番組では、代理出産を(番組内では斡旋業者がしばしば用いる「代理母出産」の言葉を利用)、夫婦の精子と卵子を用いる方法として述べているが、実際の代理出産では、同性カップルや独身者はもちろん、不妊夫婦であっても、卵子や精子を購入したり知人から譲り受ける事例も多い。卵子提供を用いる代理出産は日本でも90年代から見られるものであり、斡旋業者の鷲見ゆき氏によれば、夫婦が提供卵子を用いる例は、2003年の時点で既に半数近くを占める。※ そのような事実がある中で、ミヤネ屋が用いた資料は、世界はもとより日本国内における代理出産という方法の在り方に対する現状を反映しておらず、矮小化させた認識を与えてしまう。
- 本番組内で映し出された資料には、代理出産の可能な地域として「アメリカ(州ごと)、ウクライナ、メキシコ、タイ、ロシアなど」とある。これらのうち丸岡いずみ氏の実施した商業的代理出産が可能なのは、アメリカの幾つかの州とウクライナ、ロシアのみであり、メキシコとタイは、外国人による商業的代理出産を禁止している(それらの経緯はこちら)。ミヤネ屋の資料では丸岡いずみ氏の実施した外国人による商業的代理出産と、無償の代理出産、あるいは国籍条項のある代理出産を区別していないが、本映像の文脈に照らし合わせて見た場合には、あたかもそこに掲載された全ての国で、丸岡いずみ氏の事例が可能であるかのような誤解を与えかねない。
<付記>
丸岡いずみ氏の代理出産に関する報道では、「代理母出産」の表記が用いられているが、本会では「代理出産」として表記している。その理由はこのリンク先を参照されたい。